2012-01-01から1年間の記事一覧

英語とプラトンの哲学を学ぶことについて

ここのところ体調がおもわしくなく、午前12時におきてしまう。話し相手がいないことが問題だと思っている。ツイッターでツイ友が何人かできたが、深い話ができるのはひとりと限られている。英語の勉強をこつこつ継続している。英語と数学の勉強が死ぬほど…

『詩 詩人の役割』

詩人の役割は読者に日常から離れた世界へと、いざなうことだ。 君とぼくとの間柄のなかで。 詩人は散歩する。 夢想して絵を創りだすためだ。 耳になじむ言葉を撰んで、 ぼくの世界が君の世界とつながっていくことを、 証明するために詩があってもよい。 あふ…

『詩 ワルツ』

バレエのワルツはくるくると回る。 音楽の展開と同じように。 君はどこでその踊りを覚えたのだろうか。 私は闇のなかにいる。 しかし、闇は希望の塊だ。 今日、私は闇の中から這い出ることにした。 希望のなかにいつまでもどっぷりとつかっているわけにはい…

『臨床哲学小説 ある作家の物語2』

ハンスの音楽は宗教的でかなり前衛的な色彩の強い作品が多かった。ギンべラートはその前衛的なところに魅かれていた。ギンべラートは小説を書くときにモレスキンのノートにショートショートを書いていた。書くときは2Bのえんぴつを使うというこだわりがあっ…

『臨床哲学小説 ある作曲家の物語』

貴光は作曲家を主人公とした小説を書いていた。それはグスタフ・マーラーの生涯をモデルにした物語で、主人公の名前はハンスといった。ハンスは感受性が豊かな少年でピアノを習いにいくも自然のなかから作曲するすべを学びとっていった。 夢のなかでハンスは…

『臨床哲学小説 深い森のなかで』

小説家の貴光は小説の取材のために「深い森」と呼ばれている森へ行った。深い森はかなり険しい森だった。夜に出発したので、あたりは静寂と暗闇とに包まれていた。その「深い森」には工藤精一郎が小屋を建てて住んでいた。工藤は小説家だった。小屋の前には…

『臨床哲学小説 黒い森』

私は黒い森に小屋を建てて住んでいる。夜になると周りは暗闇の世界につつまれており、眼をつむっても開いても同じくらいの暗さである。そこで私は妻と一緒に小説を細々と書いていた。妻は週末になると街のほうへ降りていき、ヨガに行って身体を鍛えていた。 …

『臨床哲学小説 或る作家と私』

小説家の山田貴光は古典ギリシアの世界が好きであった。貴光はホメーロスの書いた『オデュッセイア』を暗唱することができたのである。 東都大学で古典ギリシア語を教えていた山田貴光はまだ24歳の最年少教授であった。 私は貴光のことを羨ましく思っていた…

『臨床哲学小説 貴光とその家族』

貴光は小説を書いていた。ロックの音楽ガンガンに流しながら。貴光の書く小説は教養小説がほとんどだった。 貴光には妙子という女友だちがいた。妙子も小説を書いていたが、詩を書くという点で貴光とは一線を画していた。そして、妙子は童話を書き、沼津市立…

『臨床哲学エッセー 無意識の鉱脈を探して』

私は無意識の深いところを描く小説を書いている。それらの小説は深夜になってから書き始める。そのうちそれらの作品をヒントに「沼津の或る一家の物語」としてまとめることにする。フランス文学のマルセル・プルーストが著わした『失われた時を求めて』への…

『臨床哲学小説 夜の物語』

冴子は京都大学大学院でフランス文学を学んでいた。夜になると冴子は小説を書いていた。読んだ本はロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』やマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』だった。これらの作品にかなりの影響を受けている。また、冴子はハ…

『臨床哲学小説 あいだの国』

私はあいだの国に棲んでいた。そこでは皆が煌びやかで仕方がなかった。祭りの前の踊りが催されており、私もその舞踊に参加させていただくことにした。そこにいる長老はフランス語とドイツ語と古典コイネーギリシア語を巧みに操ることができた。しかし、私は…

『臨床哲学小説 深い河のほとりで』

沼津の或る深い河のほとりで、私は小屋を建てて住んでいた。私は純文学の小説のために詩も書いていた。私は詩を書くことのほうが小説を書くことよりも上手にできた。 高校時代から「自分の世界」と周りの「世界」とのあいだに悩み、考えていた。そのために私…

『詩 物語を書く』

私は物語を書いている 物語を書いている私は生命の連なりのなかにいる この物語はいったいだれによまれるのだろうか 時間の流れのなかでいったいだれに読まれるのだろうか 私は一族の物語を書き続けていきたい ワルツの単調で美しい流れのなかで ヒントのな…

『詩 探検』

私が探しているものはここにはないもの どうやって探していけばよいのかわからないもの 自然によってしか教わることができない 他者から自己へと伝承されていく 目では見えないもの 言葉では決して伝わらない 言い表すことができない 数式によってさえも表す…

『臨床哲学小説 静かな時を求めて』

貴光は詩を書いていた。深くしみ込む詩である。書くことが作業にならないように注意しながら。貴光は本を読むことが好きであった。それは幼少期にまでさかのぼる。叔父が体操の研究者であったために“刷り込み”によって、貴光は本が好きになった。もちろん貴…

『詩 道を探して』

私は道を探して歩いている 誰も見たことのない道を 目的もわからず歩いている 音楽を聴きながら スケッチ・ブックに詩を書いて 何を書くこともわかっていない 風の音が流れてきた 乙女が通る香水のあまい香りが漂ふ 私は道を探している いくら戦ってもつぎの…

『詩 静かな時間』

私はいつも静かな時間を探している それはいつも無意識を深く掘り下げたなかの時間なのだ 君は私のことをわかってくれるだろうか 十億光年離れた所からその時間を探している その静かな時間は深い時間 深海へダイブするような時間 その静かな時間はだれにも…

『臨床哲学小説 青の時代』

男の名は伊藤貴光と言った。貴光は小説を書くことに一命を掛けていた。貴光は大谷大学文学部哲学科に入学したが、「うつ病」と「軽い統合失調症」のために大谷大学を休学せざるを得ない状況になってしまった。貴光には伊藤正男という名の叔父がおり、高等学…

『臨床哲学エッセー 小説を書くことを頼まれて』

私は今は亡き井上靖先生に沼津の或る一家についての物語を書くように頼まれた。大変なことを頼まれた、と思った。私はすぐに『しろばんば』を原稿用紙に書き写すことにした。 私の「内なる世界」が「世界」とつながる瞬間だった。どう書いて良いのかわからず…

『詩 詩を欲する者たちへ』

世界のどこかで詩を欲している者たちがいる それは海の中へ潜っていくようなものだ 月の光のなかで我々は詩を欲している 「ひきこもり」の哀歌なのだ。 遠くへ行かなくても月の光の面影はある カマイタチにひっかかれないように気をつけて シンガー・ソング…

『詩 無意識の鉱脈を求めて』

私は地中奥深く潜っている。外は宇宙空間のようだ。 言葉を探している 深く心に響く言葉を そういうことは詩人にしかできない ボブ・ディランを聴きながら いつ涸れるかわからない無意識の鉱脈を探している 或る人は「神話を読めば詩が書けるさ」と言った 私…

『臨床哲学エッセー 青年時代』

私は高等学校時代を加藤学園暁秀高等学校で過ごした。うつ病になったきっかけは今でもよくわからないままでいる。私は「父親の死」がきっかけでうつ病になったと考えているが、父が生きていた時にはもうすでにうつ病に罹患していた。 父の死は私の記憶に焼き…

『臨床哲学エッセー 幼年時代』

私がこどもだったころ。世界はあたたかみに充ち溢れていた。私の「内なる世界」は本を欲していた。母と祖母は口やかましい存在だったが、なんともいえないあたたかさがあった。物書きになろうと思ったのはちょうどこのころだった。「物書き」正確には「物描…

『臨床哲学エッセー 世界と私の世界とのあいだ』

私は外の世界と「内なる世界」とのあいだにギャップよりも強い何か、を感じながら高校時代を過ごしてきた。夕陽に向かってたそがれて「生きる」とは何だろう。「死ぬ」とはいったい何なんだ、と考えざるをえられなかった。 私の「内なる世界」は外に表現して…

『臨床哲学エッセー 私の小説とエッセーの書き方』

私が小説を書くときは一種のスキャンダルであって何を書こうか直前までわからないことが多い。私の文学の根本をなしているのは詩である。私は高校時代に小説を投稿しようとしたが、まったく駄目だった。そのバネでいつでも駄文を書いているのだろう。お手本…

『臨床哲学エッセー 私の脚本の書き方』

私は将来の目標として映画監督になりたいと考えている。そのために人と人との交渉術を学ぶことを目的にトルストイの『戦争と平和』を熟読し、気になる台詞があったらノートに書き抜きをしている。その書き抜きにたよって脚本を書くのではなく、あらかじめス…

『臨床哲学エッセー ふたりで共に生きること』

私はまだお付き合いをした女性がいない。北野武監督作品映画『HANA-BI』のなかで女性とのつきあいかた、生きかたを学んだと思う。北野武監督の作品には無駄なものが一切なく、撮りたいものだけが強いメッセージを残している。絵画、ピストル、そして車などの…

『臨床哲学エセー マンガと映画』

私はマンガを読むことが好きだ。なぜならば、右脳にここちよい働きがもたらされるためだ。私が読むマンガは主に剣客マンガだが、その剣客マンガ達はかけがえのないinspirationをあたえてくれる。 映画もマンガと同様に好きだ。私は将来の目標として映画監督…

『Kの物語』⑪

私はマンガを描く絵師として生計をたてていた。HBのえんぴつで下書きをし、その上からサジペンでもってペン入れをしていく。映画をつくるにはお金がかかるので挿し絵を描くことで映画製作の資金をつくっていった。マンガのお手本は『るろうに剣心』と『バガ…