『臨床哲学小説 ある作曲家の物語』

 貴光は作曲家を主人公とした小説を書いていた。それはグスタフ・マーラーの生涯をモデルにした物語で、主人公の名前はハンスといった。ハンスは感受性が豊かな少年でピアノを習いにいくも自然のなかから作曲するすべを学びとっていった。
 夢のなかでハンスは白い馬に乗る夢を何度か見た。アルマはハンスの恋人で森のなかの池で作曲している時に知り合った。ハンスの友人は詩人のようにハンスの書いた音楽を解釈する。森のなかの小屋で出来上がった曲は母屋にもっていって「人間の一部は決して死なない」とハンスは顕微鏡をみつめながら呟いた。ハンスの趣味は池で子どもとボートを漕ぐことだった。「ベートーヴェン、10番……」とハンスは叫んだ。
 ハンスは死の観念にとりつかれていたのだった。ハンスにとっては作曲することは死の観念から逃れたいためだったのである。理性と狂気のあいだでハンスは作曲をし続けた。ハンスは銀縁の眼鏡をかけ長身で細身の身体で何を考えているのか解らない人物だった。
 アルマは作曲をしたがったが、ハンスはそのことを許さなかった。ハンスはそのうちにウィーンの音楽監督になった。ハンスの弟も才能があり、作曲をした。
 ギンべラートという作家はハンスを題材にして小説を書いていた。ギンべラートはドイツを代表する作家であり、作曲家を主人公とした作品をいくつか書いていた。ギンべラートはドイツのギムナジウム(神学校)で学んだ。ギンべラートは成績良く2番で学校に入ることになったが、文学青年とのやりとりのなかでだんだんと成績が下がっていった。
 そんななか出会ったのがハンスの交響曲でありハンスの思想がガラス彫刻のように繊細に盛り込まれた詩であった。ギンべラートはウィーンの音楽監督になったハンスと強い絆で結ばれていった。
 アルマはその頃、作曲することをやめて詩を書くようになっていった。アルマの詩はオーストリアのサロンなどでよく朗読されるようになった。
<つづく>