『手記 自然学を求めて』その7

おばあちゃんは私立探偵になることにした。Mという依頼人がやってきて失踪した作家を探してほしいと頼み込んできた。おばあちゃんは老人ホームを抜け出すことができないので、最低限の知識をつかって捜索のための推理をはじめた。理論物理学の天才はアリストテレスの論理学の天才でもあった。作家の名前はHと言った。詩人でもあり、古代のギリシアの流れを現代に復権しようと詩を書いてアイドルグループに作詞を提供していていた。量子コンピュータを老人ホームにいるあいだ秋葉原で入手できる材料をメモしたものを私にわたして老人ホームにいるあいだに作成してしまった。量子テレポーテーションのシュミレーションだけでなく、実行することもできたのでMITから見学に訪れる学生もいるほどだった。

 Mの愛読書はレイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』だったので私立探偵には特別な思いがあった。レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』は私立探偵のフィリップ・マーロウが警察にかなりひどい目にあいながらも捜査を進めていくという探偵小説でもあり、ハードボイルド小説だ。おばあちゃんは認知症にかかっているのでどこまで捜査ができるのか未知数だったが、話しをしていくうちに信頼関係がうまれてきた。人生には短いあいだでも深い信頼関係が生まれることがある。HとMはバーであった。おたがいモヒートが好きだった。Mも作家志望だったが編集者の病にとりつかれその世界にどっぷりとつかってしまった。

 私といえば黒死館で眠りながら本を読んでいた。物理学の本と探偵小説が主だった。正孝先生には哲学書から眼をつぶったほうがいいという貴重なアドバイスをうけたので読まないようにしているが、カントやアリストテレスがときどき黒死館を訪れるので読まないわけにはいかなかった。とくにカントの『純粋理性批判』は哲学青年の必読書らしくカントが読めとごり推ししてきたのだ。そして、小説の執筆も忘れてはいなかった。モレスキンのノートに2Bの鉛筆でかりかりと書いていった。ミステリを書きこんでいる。原稿用紙裏に書くこともあった。小説執筆のアドバイス小栗虫太郎先生からじきじきにご指導していただいたのでとてもありがたかった。