『臨床哲学小説』「それぞれのなりわい」

私は<生きづらさ>を感じており、友人のKにそのことをうちあけることにした。Kは小説家でいろいろなことを知っていた。私は古い音楽から作曲することをなりわいにしてきた。Kはフランス語で詩や小説を書くことができた。Kはむかしバンドを組んでいたが、CDはまったく売れずに困っていたが、小説家になってからはヒット作をとばすことができた。Kはいつもファックス用紙に小説を書いていた。そしてカーペンターズの音楽かベートーヴェンの音楽聴きながら書き続けていた。Kにはアルツハイマー認知症の母がおり、昔話を話していた。

私も小説を書くことが多かったがほとんど駄作に終わっていた。私は「私小説」しか書くことができなかった。自分の体験から<かもしだされるもの>を書くことが、私のミッションであった。ケアのことを考えながらも<てのひらの小説>を書いて<生きづらさ>をまぎらわしていた。

Mは音楽関係の仕事についていたが、趣味としてクラシック・バレエをやっていた。彼は「映画監督」になりたかったが、クラシック・バレエの取材にいったときに「自ずからやりたい」という気持ちが芽生えてクラシック・バレエの世界に入っていった。女性が多く、彼はかなりとまどったという。アマチュアといえどもハードなバーレッスンやセンターレッスンに彼はへとへとになった。しかし、少しずつではあるが「やりがい」を見い出していき舞台のこともだんだんとわかるようになっていった。

私もクラシック・バレエをやるようになったもちろんMのさそいで、<てのひらの小説>は自分のために書く小説なので自由に書くことができた。そのためにクラシック・バレエのことやケアのことも盛り込みながらかなり短い小説を書いていった。クラシック・バレエのことを書くと不可思議なことにクラシック・バレエの教室も<見守ってくれた>。<見守る>ことはそうたやすいことではない。私の軀の動きは「にぶい」のひとことでかたずけることができるからである。