『倫理学者と哲学者』2

哲生はトルストイの『戦争と平和』をファンタジーノベル『まわる神話』に書き換えようとしていた。哲生は小説を書くことが楽しくてたまらなかった。哲生は学生の身にいながら16歳でデビューし、哲学者ジャック・バロンと友愛の関係だった。トミコさんは編集者で哲生はトルストイの『戦争と平和』とマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』に『まわる神話』に光明があるとにらんでいた。

 倫理学者と哲学者とは竹馬の友の間柄だった。大学教官でありながらどことなく「崇高な香り」がただよっていた。哲学者ははやく成れることができるが、食べていくことが大変と一度や二度ではない。哲生が倫理学を学ぼうとしたきっかけは友人の死からだった。倫理学の流れから肌に合ったと思った。そして、哲生はショートショートの名手であり、おちついたトーンで話す語り口は口承伝承文学のグリム童話を想いおこさせた。

 東京の四ツ谷のbarや喫茶店で哲生は自分で書いた詩や自作のショートショートを発表したりした。トミコさんは『売れる本』があまり好きではなかった。理由は―嫌いだから、これだけだった。哲生はつねづね言っていた。
「長い小説よりも短い小説の方が難しいんだよ」と。

 東京は大きな口でひらいて待っていてくれてはいるが、そのこころの在りかを探すことは難しい、と哲生は口ごもりながらトシコさんに話したことがある。

 哲生は『まわる神話』の執筆に専念していた。トルストイの『戦争と平和』を神話としてまたファンタジーノベルとして書き著わそうとしていたのだった。『まわる神話』の執筆は困難を極めた。文豪トルストイのことを知るために『戦争と平和』を10回も読みこんンだ。その時の集中力はトシコさんを圧倒するものだった。

 ファンタジーノベルのことはあまりよく知らない。哲生はロシア文学ばかり読んでいたためだ。哲生はロシアの音楽的色彩を取り入れたいろいろとりどりのショートショートを書きつらねていった。

 哲生には恋人のトシカワトモヨがいた。トシカワトモヨは文才が哲生よりもあり、全てにおいて哲生とトシカワトモヨは気のあう仲間だった。

 哲生には病いの想い出があった。クラスメイトのひとりを自殺で亡くしてしまったのだった。哲生は大学生としてのんべんだらり、と生活していたが、どうしたら善いのか哲生本人でさえわからなかった。聖書のおしえでは自殺は禁じられている。哲生は悩み、そして考えた。デモをすることにしたのだった。

 大学をバリケード封鎖し哲生はリーダーとして戦いに出ることにした。その記憶はいまでも鮮明に覚えていた。トミコさんはそのことを聴いて「いたたまれない」心持ちになった。バリケードではヘルメットはもちろん危険物がごろごろと出てきた。バリケード封鎖が解かれるまで5日間の時間がひつようになった。

 哲生はようやく『まわる神話』を書きはじめた。

「あるところにネントワープ村という小さな農村がありました。ネントワープ村には白い龍が天空を飛び回り、そしてダンスを舞っていました。
 ある日、ネントワープ村でクリスマスのお祝いをすることになったのですが、踊りの上手なグレゴリンがワルツを踊りはじめました。するといたるところでワルツを踊るこどもたちがあらわれました。ネントワープ村のお祝いはダンスから始まるのです。
 祝いのときに突如現れたのは悪の皇帝バルタルト。すべてを炎と氷の世界にかえてしまいました  <つづく>」

 哲生はここまで書けたらコーヒー豆をコーヒーミルに入れてコーヒーを飲んだ。哲生が中学生に初恋した人物がコーヒーが好きになったので、それ以来ずっとモカ・コーヒーをのむようになった。