臨床哲学小説 『名探偵カント』

私は哲学者カントの助教をしている。カントは大学教授だった。ぼくはバッハを好んできいていたが、カントは意外にもフリージャズがすきだった。講義草稿をかりかりと書いているときでも大音量でカントはフリージャズを聴いていた。大学は人間世界の縮図でもある。ぼくは図書館から『純粋理性批判』を借りて読みすすめている。ぼくは軽度のディクラシア(難読症)と統合失調症を抱えていたので音読して身体にたたきこまなければならなかった。夜寝る前に読むカント教授の『純粋理性批判』はある種のエロティシズムをもっていた。押さえた筆致でぎりぎりと思考が展開されていく様子はまさにカント教授の思考体系そのものであった。カントは叔父に似ていた。叔父は決まった時間にきまった散歩コースをとぼとぼと歩く、その様子を見たケーニヒスベルクの住人たちは時計の針を合わせたという。