『小説家をめぐる冒険』『クラタカソウスキ』

私はクラタカソウスキといっしょにすんでいる。クラタカソウスキとは本の山のことである。なかなかクラタカソウスキは仕事の助けにはなるが、邪魔者扱いされることもあり、大変迷惑なことがある。しかし、クラタカソウスキは小説を書くときに大変便利な働きをすることが多い。それぞれ群が密集しあっている。そこには純愛とかマジック・リアリズムが書かれている。書物のにおいが密集しているとそこで智的レヴェルがあがっていく快感をえられることもある。クラタカソウスキは厄介で整理整頓がとても難しい。それは私の責任によるところが大きい。流れゆく時間のなかで龍樹の論理を組み立てることもある。

私の住んでいる沼津市はブタペストやサンクトペテルブルグに似ているところが多い。クラタカソウスキはたいてい本屋にいることもある。私は迷子になる。クラタカソウスキは冷酷な一面があり、ひとをまどわすことがある。流れゆく時間のなかでなにが欲しい本なのかわからなくなってしまうことがあるのである。

私のすんでいる時間は極めてゆっくりと進んでいるらしい。クリスタルの光のなかでかがやいている。クラタカソウスキはそのワインのような澱をじっくりと熟成させながら主人が読んでくれるのを待っているのである。輪廻転生がおこるとすれば私は本になりたい。寒空のしたで書く小説の出版がいまかいまかとまちのぞまれている。

しんとした時間は冷酷でなおかつあたたかみのある時間である。クラタカソウスキはその時間帯を好むらしい。