『小説家をめぐる冒険』『音楽を聴きながら』

私は苦悩のなかにいた。ゆうじんKは小説家で語学が堪能だった。私は仕事でエッセイを書いていた。音楽を聴きながら。私にとって仕事中に音楽を聴くことはなくてはならない行為だった。私は音楽に集中していたのでドイツ語もフランス語もはなすことができなかったが、Kはそれができた。私はたいていクラシック音楽か、ジャズを好んで聴いていた。エッセイを書くよりもむしろ小説を書きたかったので内心Kをうらやましく思っていた。

うだつのあがらない随筆家、と言っても言い過ぎではなかった。Kは小説を書いてそこそこのお金をもらっていたが、私は仕事がなかなか入らず、いきづまりを感じていた。つらくて涙をながしながら原稿用紙に向かったことは一度や二度ではない。

私はノートに縦書きでメモをとるようにしてエッセイを書くことが好きだった。そしてその文章を原稿用紙に埋めていった。書く時間は深夜の2時頃だった。しんとした時間帯が好きだった。Kは4時頃起きて書いている、と言っていた。ガルシア・マルケスの『百年の孤独』の余白にメモを書きながらKは小説を書いていった。Kにとってガルシア・マルケスはこころのなかの親友であった。私はまっさらな白紙の状態から書き出しはじめねばならなかった。

エッセイも小説もそう簡単に書くことはできない。私の書くエッセイ「人は何故生きるのか」をテーマにしている重たいものであり、読者は限られていた。Kの書いている小説はエンターテイメント小説でまるでロック音楽の渦のなかを歩いているような小説だった。