『小説家をめぐる冒険』『小説家になるのは難しい』

 小説を書くことは難しいことだ。このことは僕自身がしっかりと「自覚していること」だ。小説家になるためには本を読まなくてはならない。文体のリズムは音楽からもらってくる。Kは僕の友人だった。Kは太宰治が好きで詩を書くことも好きだった。ドイツ語で詩を書くことでノーベル文学賞にノミネートされたこともあった。
 僕はノートに小説を書きためていた。ナショナルストーリープロジェクトという団体に小説を投稿したこともあった。どれもが短編小説で「私小説」でもあった。Kは長編小説書いていた。「書かずにはいられないんだよ」とお酒の席でしゃべっていたこともあった。しかし、小説を書くことは難しいことだった。ベルトコンベアーに乗せられた機械製品のようには小説を書くことはできない。
 Kは長編小説を書くことを得意としていたので、プロットはメモ用紙に丁寧な字で書きこんであった。僕はメモ用紙には書かず、原稿用紙の裏の部分にくわしいプロットを書いていった。Kは小説修行のために村上春樹氏の『ねじまき鳥クロニクル』を書き写して、「梅干しの種のなかの実」を深く探求していた。Kは理性の人だった。Kの父親は哲学の研究をしていた。2Bの鉛筆を使って原稿用紙に言葉を埋めていった。Kはドイツ語のみならず、古典ギリシャ語にくわしかった。
 僕は桐野夏生さんの文章を書き写して、小説修行をしていた。桐野夏生さんの作品は「深い透明感」のある作品が多かった。しかし、なかなか小説は売れることはなかった。
 Kはハード・ボイルドから純文学まで多彩な作品を次から次へと送りだしていった。Kは「小説を書くことは勉強である」と僕にお酒を飲みながら語っていたことがある。Kの作品と僕とは密接な関係がある。それは友情で結ばれているということと関係があるかもしれない。
 いずれにせよ、小説家になることはやさしいことではなく、多くのひとびとに支えられなければ作品は成り立たない。