まわる神話への道 2

 火村は『まわる神話』を書くためにいろいろな資料を読みまくり、頭のなかで整理していた。柱になるのはトルストイの『戦争と平和』だったが、その周囲にミヒャエル・エンデ桐野夏生の作品が文体に「にじみ出て」いた。

 書くいとなみは血を原稿にたたきつけるような凄まじい作業だった。一日、原稿用紙3枚のノルマは火村にとってはちょうど善いペース配分だった。

 トミコさんという編集者は遅筆な火村に対して寛容だった。トルストイの『戦争と平和』をかきかえ、神話にすることは並大抵のことではない。トミコさんも火村がいいつけていたミヒャエル・エンデの作品や桐野夏生の作品を集めるのに手を貸していた。

 火村の奥さんである貴子さんはゲラをゴブリンと妖精たちと読みながら、
「ここはいいけど、ここはだめね」
と口だけのアドバイスをしていた。火村の作る料理は玉子かけごはんとカップめんだけだったので、貴子さんが腰を入れて料理を作っていた。

 貴子さんの料理は和食に限られていた。どうやら和食しか作ることができないらしい。焼き魚にだし巻き卵、目玉焼きとどことない家庭料理にも光がさしこんでいた。

 火村が創作意欲が無くなってしまったとき、いつも訪れる場所がある。それは東京の四ツ谷にある教会だった。大学時代の先生が、
「祈りほど人間の姿で崇高なものはない」
と言っていたのが影響しているのであろう。

 火村の自宅は水道橋の近くにあった。ゴブリンも妖精もなかむつまじく暮らしていた。

 ゴブリンは『戦争と平和』を読むことができた。6年間の修行をへて人間語を覚え、読み書きができるようになっていた。

 妖精は人間語を覚えることができなかったが、ゴブリンと妖精語だけは話すことができたので火村や貴子さん、そして編集のトミコさんとのやりとりに問題はなかった。

 『まわる神話』はついに山場をむかえていた。