哲学とは何か(生きる意味とは何か)

 自分は恋人のことわかっているけど、理解していないじゃないか、などのこと、すなわち当たり前のことを問う。哲学的体質の人は10人にひとりの割合で存在している。けんかしたときに「正しい」とは何だろう?と考えるすなわちWhat is X?の問いをたててしまう人が哲学的体質の人であきらめてもらうしかないですね。死とは何か?と考えると生の意味ともつながっている。50歳をすぎると死がせまってくるそうすると死の意味と生の意味をおなかのなかでためていてもふきだしてきざるをえない。

 生の意味を考えることは非常に難しいことなんですね。100年後のことを考えてみると、もともとわれわれは星くずの集まりだったですが、100年のことを考えてみると分母が無限大、そう考えるとどこの大学を出た、どんな地位についたなんかはほとんど意味が無くなってしまうんですね。

 われわれは「考える」という能力をもっています。人間というのは有限存在であり、すべてを観ることはできません。しかしもうひとつのありかたがあり、無限の存在を求めるあるいは自分を超えていくことというありかたがあります。

 What is X.という問いは「いつでも、どこでも、だれとでも」求めていくにはどうしたら善いか考える。そして、自分を超えて考えていくことなんですね。しかし、自分のなかになかに答えを求めていこうとすると答えは求められない。

 例えばI Was born.は受身ですよね。このIという存在は「与えられる」というかたちとしてある。他の生をとりこみながらみずからの生を生きている。有限な存在であるからこそ自分を超えて出ていかなければならない。そのことは他へと向かうことでもある。